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大癋見警部の事件簿

5点。「本格ミステリーのお約束」をなぎ倒すメタ的視点が満載の短編集。東野圭吾の「名探偵の掟」を彷彿させる。個々の短編のデキの差は激しい。ミステリとは思えない出来損ないのショート・ショートのような作品から,本格ミステリのうんちく満載,本格ミステリのさまざまな要素がてんこ盛りの作品まである。良くも悪くも「大癋見警部」というアクの強いキャラクターの影響が強く出ている作品。ユーモアというより悪ふざけ。このキャラクターが受け入れられるなら,それなりに楽しめる作品。好きな短編もあるが全体的に悪乗りが過ぎると感じた。
〇 総合評価 ★★★☆☆
 深水黎一郎版「名探偵の掟」ともいうべき短編集。本格ミステリのさまざまな要素をちゃかした短編が収録されている。本家の「名探偵の掟」は,構想的な部分におふざけ要素があったが,個々の短編の完成度は低くなかった。しかし,この短編集は,短編そのものがミステリとして成立していなかったり(CHPTER1 国連施設での殺人),悪乗りがひどすぎて作品として破たんしている作品(CHAPTER11 青森キリストの墓殺人事件)まである。
 中には,ミステリのうんちくやパロディとして完成度の高い作品もある(CHAPTER5 名もなき登場人物たち)。作品のデキの良し悪しの振れ幅が非常に大きい短編集であると言える。ユーモア要素は,主人公の大癋見警部のアクの強いキャラクターの影響もあって,非常にクセが強いものになっている。この独特のユーモア・個性も含め,好きな人は好き,嫌いな人は嫌いとはっきり分かれる短編集になっていると思う。
 個人的な好みをいうと,ミステリ的なうんちくを充実させ,もう少しアクを取り除き,シンプルな作りの方が好み。しかしそれだと「名探偵の掟」になってしまうわけだ。既に「名探偵の掟」が存在するので,この作品としてはこの仕上げしかないのだろう。
 個々の短編のデキの良し悪しの振れ幅が大きいので,全体の評価を付けにくいが,全体的に見るとひどい作品とまでも言えず,傑作ともいえないので,結局,★3かと思う。

CHAPTER1 ★☆☆☆☆
 国連施設での作人(最初はやっぱりノックス宣誓)
 国連施設での殺人。「この事件の張本人は誰かー」という報告書から「張」という中国人を疑ったり,ロシア人を疑ったりする。ミステリとは言えないショートショート。オチも冴えない。

CHAPTER2 ★★★☆☆
 クリスマスの夜の殺人(神が嘉し給うたアリバイ)
 正教会のクリスマスはユリウス暦で行われており,グレゴリウス暦だと1月7日になることからアリバイが生じた男の話。飽くまで短編向きのネタだが,これはちょっと面白い。

CHAPTER3 ★★★★☆
 現場の見取り図(そろそろここらへんで密室殺人)
 「空室(そらむろ)」という人物が住んでいた部屋を「空室(あきしつ)」と誤読させることで密室を作った作品。これも完全な短編ネタだが,結構面白い。

CHAPTER4 ★★★☆☆
 逃走経路の謎(加えてさほど意味のない叙述トリック)
 埼玉や千葉から逃走している犯人がどうやって逃走しているのか。警視庁の猪狩管理官が悩んでいるが,その原因と思われる地下トンネルがテレビで紹介されており,息子がそのテレビを見ているという話。なお猪狩警部補が女性であるという叙述トリックもある。これは…ちょっと分かりにくい。もっとすっきりして最後でオチを明らかにする作品にすれば面白かったと思う。呪術トリックをさりげなくそして,意味なく使う趣向は面白い。


CHAPTER5 ★★★★★
 名もなき登場人物たち(完全無欠のレッドへリング)
 A,B,Cと称された人物が犯人というトンデモない話。ちなみにAは永五郎,Bはユースケ・Bee,Cは志位というオチ。A・B・Cは赤いニシンのTシャツを着ていたが,これはアンチョビ。カタクチイワシ同好会から被害者が脱退したから,殺害したという動機。「たたみいわし」の見立てもある。「作品中で名前が与えられていない人物は犯人足り得ない」という本格ミステリのルールを裏から付いた作品。これも面白い。こういう短編ならではの思い切ったプロットの作品は好き。傑作といっていいと思う。

CHAPTER6 ★★★☆☆
 図像学と変形ダイイングメッセージ(ヴァン・ダインの20則も忘れない)
 牡牛の人形を握って死んでいた犯人。牡牛=聖ルカという新約聖書の福音史家を意味して「流伽」という女性が犯人だと思わせる。その後,牛頭という使用人がいることが分かってこちらが真犯人っぽいというオチ。使用人が犯人であってはならないというヴァン・ダインの20則に反するというオチでもある。これは狙い過ぎていてそれほど面白くない。牛が干支と星座の両方に該当して,牡牛のダイイングメッセージがいろいろに解釈できるという点はダイイングメッセージの本質的な問題を示していて,面白い。

CHAPTER7 ★★☆☆☆
 テトロドトキシン連続毒殺事件(後期クイーン問題に対して,登場人物達が取るべき正しい態度)
 後期クイーン問題とは,作中の探偵が全ての情報を点入れていると証明することは,作中の人物には決してできないということ。すなわち,いくら見事な推理でも,それを覆す証拠が出てきたら意味がなくなってしまうということ。見事な推理で終わったミステリでも,それを覆す証拠を出す続編を作れば,間違った推理になってしまうということ
 フグの毒を使った殺人事件で,最初はフグ屋,次に日本料理屋と捜査範囲を広げ,最後は釣り人全員が容疑者といったところで後期クイーン問題を持ち出した警官がボコボコにされるというオチ
 真相は,築地市場のバイトが犯人と思わせる描写がある。
 後期クイーン問題そのものは面白いが,これを題材にするのであればもっと面白い作品ができたと思う。これは分かりにくいしオチもイマイチ。凡作。

ENTR'ACTE 観察の神様かく語りき(正確な死因)
★★☆☆☆
 観察の神様といわれる監察医が生きているうちに解剖をしてしまったので、解剖が死因だったというオチのショートショート。これはしょーもない。
CHAPTER8
 この中の1人が(お茶会で特定の人物だけを毒殺する方法) ★★★☆☆
 ティーパーティーで特定の人物だけに毒を盛るというトリックを巡る作品。「あらゆるものに瞬時に溶け,経口摂取すると,ほんの少量で飲んだものの命を奪うほどの猛毒だが,その正体を突き止めることができないという「例の無色透明な毒」が使われる。トリックはソーサーに紅茶を移してから飲むといううんちくを披露する被害者を狙ったというもの。話全体の雰囲気はそれなりに面白いが…ミステリとしては平凡

CHAPTER9
 宇宙航空研究開発機構(JAXA)での殺人(21世紀本格) ★★★★☆
 密室トリック。しかし,そのトリックの解明には国際宇宙ステーションの太陽光パネルの開発が,友人宇宙環境利用ミッション本部の管轄であるという(この話内の)知識が必要。ノックスの十戒の第4条「結末で長大な科学的説明が必要とされる小道具を使ってはならない」にモロに抵触する話。島田荘司の「21世紀本格」=いろんな分野のいろんな知を結集してミステリーの世界をどんどん豊にしていこう!を紹介している。最新技術はもちろん,仮にいまだ実現化されていない技術でも,読者に充分実現可能だと納得させることができたら使ってもOKという考えを紹介している。ちなみにCHAPTER1の真相もさらっと描かれている(ロシア人のスミノルフが犯人。アルコール度数96度を誇る世界最高純度の酒スピリタスを利用したトリック)。
 結果的に殺人のためにえらく大掛かりな独立実験棟を作っていたということになる(作中ではマジックにでも使うつもりで作ったのだろうとなっているが…)。まさにバカミス。バカミスの手本というような作品で結構好き。


CHAPTER10
 薔薇は語る(〈見立て〉の真相) ★★★☆☆
 見立て殺人についてのうんちくが語られる。見立て殺人は犯人に何のメリットもないとか,日本では一時期,やたらに流行ったとか。海外ではクリスティの某長編(そして誰もいなくなった)など,いくつかの名作を除くと,実際の作例はそれほど多くない。そもそも日本のミステリに見立てが多いという事情など
 この短編での事件は薔薇を死体に突き刺すという見立て。真相は事故死。警察に匿名電話をしたのは女王蜂クラブというデリヘルの娘。被害者の依頼で体のいたるところに薔薇を刺し,被害者が事故死したので帰ったという。その後,現場に駆け付けた安斎刑事が見立てを完成させ,その筋の雑誌に投稿していたというオチ。ミステリのうんちくと全体の雰囲気はなかなか。

CHAPTER11 ★★★☆☆
 青森キリストの墓殺人事件(バールストン先攻法にリドル・ストーリー,警察小説,歴史ミステリ―及びトラベルミステリー,さらば多重解決)
 青森のキリストの墓で,村人の死体が発見される。歴史ミステリ―的要素は,キリストの墓が青森にあるというトンデモ説の否定。バールストン先攻法的要素はキリストが2000年も前から仕掛けていたというもの。リドルストーリー的要素はキリストが復活したようにも見える描写。それから警察の健全性テストがされていたというオチもあり,村長が犯人だったり,鶴岡刑事のドッキリだったりという多重解決。トラベルミステリー的要素は青森の描写。警察小説っぽい要素は警察の捜査とてんこ盛り。やや悪乗りが過ぎる点が難点。
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